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26.Fab-6.Mar.2005
〜ここがバリだよおっかさん! 〜


出発までにぐったり疲れた私
が島でロケットを打ち上げるからと言って飛行機は少しばかり遅れた。
遅れているから乗客も遅く乗り込むかと思っていたら、ドアはロックされると同時にスチワーデスがやってきて、
「隣の席も空いているのでよろしかったらどうぞ」と勧められて、移動する。
私たちの席は窓側からA/B/Cと3席。反対側の窓まで乗客はいないという。
母はそのままの席を横に使い私は真中の席6席を独占し、叔母はさらに窓側の席を3席独占する。
「ビジネス・シートを取らなくってよかったねぇ」
この一言がバリへ行きたいと言い出して一番困った問題だった。


見るもの見るもの「どうして?」と聞く
まるで子供のようだ。

も年でしょ?エコノミーだとエコノミー症候群が怖いのよ。行くのならビジネス・クラスで行きたいわ〜という。私は今までビジネスなんてクラスは取ったことは無い。しかもJALのご指定。私はエコノミーで行くから、2人はビジネスで行きなヨという言葉に母は値段も知らないのに太っ腹「エコノミーとビジネスの差額を出してあげるからあなたもビジネスに乗りなさい」という・・・。いろいろと調べてJALの友人を持っているという友人に聞いてもエコノミーで4往復は出来そうな値段だ。それを叔母様方に話すと「エコノミーでいい」の返事。そりゃあビジネスシートのせてあげたいけど・・・。
日程が決まり、便が決まってから毎日のように不安なんだろうな。電話やFAXがくる。
今度は何?ってな具合。「薬の飲み合わせはどうなの?英語の表記を持っていったほうがいいの?」「暑いって行ってもどのぐらいなの?」「日本食が恋しくなっちゃうかもしれないからシバ漬とか梅干とか持っていったほうがいいかしら?」「どうやって空港までいったらいいの?」「水道の水は飲めないの?じゃあ、ミネラルウォーターを2Lの3本ぐらい日本から持っていったほうがいいわね?」「私は暑がりで、叔母さんは寒がり大丈夫かしら?」とにかく行ったことの無いところは心配でしかたがないと思うけど、予定が決まってから渡したガイドブック「あれをよく読んでね」って渡したのに、「あら?どこ行ったかしらね?」の返事・・・。


アフタヌーン・ティーに
漬物は合いませんから!

まで、泊まったことの無いようなグレードホテルに泊まる。自分で予約しておきながら貧乏滞在をする私にはとても落ち着かない。
朝食は部屋まで持ってきてくれるし、アフタヌーン・ティーなんて言うのまで優雅にある。
「どうしてもダメって訳でもないけど、食べたくなったら?」なんて言ってたは梅干と漬物、欲し芋持参。初日からひろげて食べる。「日ごろはそんなに食べないんだけどね」なんて言ってる。・・・どうして?部屋が漬物臭いよ〜。
2泊ぐらいの旅行をしたことが無い母と叔母は2泊で全てのスケジュールをこなそうとする。とってもハードだ。「次はどこいくの?何時に出てく?」ゆっくりしたら?まだまだ時間はあるんだよ?私は時間を束縛しないよ。やりたいことをゆっくりやろうよ。ハイ!行きました。ハイ!写真とって来ました!それじゃ、そこで何にも感じないまま「ただ行って来た」って言うようでつまらないよね。
やっと3日目ぐらいから行動もスローダウン。やれやれ、私がダウンするところだったよ。ものすごいパワーで驚く。さすがに山登り好きな人たち
夜は9時に就寝、朝は5時起きの生活の始まり。



この後、人生を悟っているアヒルと出くわす。


夕方には自分たちでちゃんと小屋に戻っていたアヒル。

ウブドのパサール(市場)へ早起きをして出かける。活気が凄いのと朝早くからたくさんの人と売っているものを興味津々。「これは何?どうやって食べるの?」「食べてみる?」そう言ってチョバさせてもらう(味見)「美味しい!」果物天国いろいろと買ってみる。
帰り際に御脇にアヒルを抱えた叔母さんを見て母が言う「あのアヒルはどうするの?」さらりと私は「食べるんでしょ?」「・・・」ショックだったようだ。ホテルに戻り朝食で出た目玉焼きを片手にフォーク片手にナイフを持って固まってる「どうしたの?」「・・・あのアヒルを思い出しちゃって・・・食べられない」目をうるませて寂しがってる。「最近はたいしたもので、機織までするようになった」とその後、意味不明なことを言い出した「機織??あぁ!CMねアフラックね」小脇に抱えられてたときに目が合ったと言う。

日中を避けていろいろと歩いてまわる。私は平気でも叔母さんたちが心配だ。車に乗る?と何度も聞くが「歩いた方が面白い」というので3人縦に3列並んで歩く。とにかくよく歩いてよく笑った。気がつくといない。南国の植物に興味津々で2人で触ったりしてる「これもって帰りたい」と言い出す。アヒルが道を横断しようとすると心配して渡りきるまで見届ける。そこでまた母が市場のアヒルを思い出しちゃったみたいで「自由にこうしてるアヒルもいれば・・・あぁやって、食べられちゃうアヒルも・・・食べ物はありがたく頂かないといけないんだよね。」おっ、すげぇちゃんと前向きに理解できた。本当に鶏肉とか卵とか食べられなくなっちゃうかと心配をした。
「そうだよね。そうだよね。」3人とも同感。
しかし、時差1時間だから現地の時間は-1を日本時間からすればいいので簡単だけど、時計を現地の時間に直さない。デジタルだったら面倒だろうなとは思うけどアナログの時計。「なんで直さないの?」と聞くと、「日本に帰ってから直すのを忘れちゃいそうだから」という。それも姉妹揃って同じことしてる。まっ、今のバリの時間がそれでわかれば別にいいんだけど、「今何時?」をお互いに聞きあう。「えーともう12時・・・だっけ?じゃなかった-1時間だから11時頃だよね?」「あれ?もうそんな時間?」「違ったっけ?」
「恭子?11時だよね?今」これをずーっと日本につくまでやってました。



サロンの裾からパンツの裾がでて恥ずかしいからそれを写真にはとるなというが・・・。

は私、観光という観光をしたことが無い。もうバリへは9回目だというのに。ブサキ寺院へ出かけました。寺院は足や肩を露出させてはいけません。本人達は長袖のロングパンツを着用。サロンとスレンダン(腰紐)はいらないよ。というのだけれどもせっかくだから巻いて歩きたいというので巻かせる。喜んでる。
ブサキ寺院はよくガイドブックや絵葉書で見ていたが、実際は違う印象。確かにすばらしいのはすばらしい。が小さく感じた。天気は臼曇で小雨も降る。それは良かったかもしれない。木々の色も石段の色も濃くなる。
今は観光客が少ない時期もあって物売りのターゲットは私たちに集中。
寺院まで「歩くのは大変だからバイクに乗れ!1万Rpでどうだ?」といい始めたが、歩きたい私たちは断る。そのうち5千Rpに値下がり、最終料金は3人で5千Rpという価格に・・・。ポストカードも売りにくる。これがズッとちゃんと断ってもついてくる。(帰りもその道を通るので同じ)

3人できょろきょろして歩くと、いきなり母がつまずいたようで、つんのめる。
とっ、とっ、と・・・ズサー!!見事に転ぶ。後一歩前に足を出していたら、段差に頭をぶつけて大変なことになっていたに違いない。膝を打ったらしい、怪我の方が心配なのに、せっかくのサロンに穴が開いてしまったと悔やむ。「こんなところに穴があいちゃったよ。テーブルクロスには出来ない!」「そういうことじゃなくって、痛いところはないの?」けろりとしてる「転び方上手いでしょ?」ひやりとした瞬間だった。次の日、母の両膝にはあざが出来ていた。


母と叔母はライステラスを見てもやっぱり
「ヤシがなければ会津の田舎みたい」と言って私と同じ感想だった。

じことを聞くんだよね。叔母さんが「恭ちゃん?あれはなんなの?」といわれて説明する。するとしばらくして又母が同じことを聞く「恭子?あれはなんなの?」同じことをまた説明する。人の話をまったく聞いていない。これが結構疲れた。ニュピ(バリのお正月)が近いので、所々で正装をした行列に出くわす。バリへ来たなぁと感じる瞬間だ。
今の季節を選んでよかったよ。その分、お休みする店舗も多くなるけど。
トゥガナン村ではアタ製品の買いまくりで大幅に時間がなくなる。2人ともアトゥ製品が大好きなのだ。一人が選ぶ商品を見ては「私もそれが欲しい!」と言い出す。キンタマーニへも行った。


トッケイやチチャッに出くわして、
初めは騒いでたが、
そのうち可愛いといいだした。
「お客さんが来てるよ」が、
私たちの合言葉になった。

めてバリへ来たときは私もそうだったのだろうか?多分見るもの見るものが新鮮で「どうして?」「なんで?」の連発だったんだろうな。母と叔母の2人を見てるとそう感じるときがある。その中でも「おいおい!」って突っ込みたくなるようなことが多々あった。
私が滞在中に書いた日記よりいくつか書き出してみる。
・田舎育ちの2人はバリで稲刈り後の田んぼを見て「稲の刈り方が下手」と言った。
・日本のご飯をこっちの人に食べさせたら最高に美味しいって言うんだろうねぇと言う。そんなことは無いんじゃない?日本のご飯を「べちゃべちゃしてる、柔らかすぎる」といわれたことがあります。
・明日は遠くに行くなら、おにぎりを作ってもらえないかしら?と言い出す。
・なんでみんないつも正装してないの?叔母さんも母も日本では毎日着物着てますか?
・飛行機の光を見て「星が動いてる!」と言って指差したときはどうしようかと思った。
・シャワーでは入らずお湯をためて入るのはいいが、「桶がない!」と言う。どこで体洗うつもり?
・寝るときに「いびきをかいて恭ちゃんうるさくて寝られないかもしれないからそっちで寝る?」とありがとう。気を使ってくれていってくれるが、どこで寝ても同じ部屋ですから・・・。
しかも1mしか離れてなかったら一緒だと思うんだけど・・・。親切さに素直に約1m移動。
・いつまでもホテルを「旅館」と呼ぶ。「ここの旅館に何時の戻ってくるの?」とか・・・。
・毎日、荷物を出したり閉まったり・・・すぐにでも帰れるようなパッキング。ここに長く泊まるからクローゼット使ってね。
・靴を3足持って来てた。(なのに私より荷物が少ない。不思議)
・ボーイさんがコーヒー下げるときにミルクをこぼしちゃって(このとき私と叔母は離席)テーブルクロスを替えるの付き合ってあげたとちょっと自慢げに話してた。
・「はいはい」と返事をする割には何も聞いてない。
・バリ・コピの飲み方を説明した後、沈んだ頃にかき混ぜる。沈む→かき混ぜるの繰り返しその間中コーヒーを無言で覗き込んでる。いつまでも飲めないでいる。かき回してすぐ飲み始めて「粉っぽい」と言う。Adu〜
・ドライバーのお兄さんは日本語が上手なのに叔母が「恭ちゃん、〜〜って聞いて?」と私に言う。「・・・あの、今ので彼には通じてるよ、そのまま聞けるよ。彼は日本語が上手なんだから・・・」ドライバーの兄ちゃん大笑い。
・全てのあいさつ、お礼などを「どーも、どーも」と言ってパス。これは違う意味で凄いと思う。



どこまでも続く行列についていったらとっぷり日が暮れた。

歩しに行こうか?夕方で涼しくもなったし、そのついでに夕食にも行こうか?と言ってホテルを出たとたんに、鐘の音「ジャンジャンジャン!」カメラを向けた私に走りまわっていた子供達が「フォト!フォト!」と言って寄って来た。
「撮って!撮って!」と動き回るのと近くにより過ぎでみんながフレームに入らない。「元気がいいなぁ」人なつっこい笑顔に笑うと真っ白な歯。デジカムを再生して今撮った奴を見せると「わぁー」と言って喜ぶ。かわいいなぁ。

あれよあれよと行列がやってくる。とっても長い。何の行列か聞くと新しいバロンに人形が出来上がったのでそれを寺院に納めるためのお祭りらしい。
人がドンドン集まり、ものすごい人の行進になる。
私たち3人はいつのまにかその列についていくことになっていた。
1時間以上は付いていっただろうか?
そしてとうとう行列は寺院の中へ。そこでさようなら。
今来た道を戻るのだけれども、結構ついて歩いたようで、帰りは真っ暗なので足元を気をつけながら歩く。こんな凄い行列に出くわすのも初めてだな。
「散歩に行こうか?」って言わなかったら出会えなかったかもね。
いいタイミングだったね。


「子供の書いた落書き」
私はこういう何気ないものが好き

が夜中に私が眠れなくて蚊に足を刺されながらDVDを見てると、起きて来た。
下痢を起したというのだ。バリ滞在6日目にして体調不良。バリ腹か?疲れも出たんだろう?
後半戦はノンビリゆったり気ままなスケジュールと思っていたところでなっちゃった。
辛そうだ。日本から持ってきた「ワカマツA錠」飲ませる(バリ腹は正露丸よりこっちの方がいい)
次の日、食欲はあるようなのでよかった。下痢の時はポカリスエットもいいのだけれども、見つからない。具合が悪いのだろう。あのいつでも聞こえるあはははと笑う声がまったくなしだ。一日中どこへも行かずにごろごろとしていたら、だいぶ顔色も良くなった。話もする様になった。
まったく回避できるだろうと思っていたこのバリ腹だけど、やっぱり。それでも回復力は早いな。よかったよ。
叔母はまったくなんともない。
BS-NHKを見る「日本は大雪だってよ!」「ライブドアどーなったんだろうねぇ?」「あらあら、電車事故だってよ」「高山が出てるよ〜ここに行ったよねぇ〜」テレビの内容を声に出して説明してくれる。元気そうだ。安心。


手先の器用なのは日本人が一番と思っていた。
だけど、編む籠等を見て、その職人技に関心していたが、こんなの私の子供の時にはあったとか言い出す。

を見て母は「チチチッ」と口を鳴らして手を出して犬に吠えられてビックリする、猫を見つけると触りたいといって追いかける(猫逃げる)子供を見つけては「おいで!おいで!可愛いね〜」と手を握って抱っこさせてとせがむ(抱かせてもらうが子供に泣かれて返却)街歩きはこれの繰り返し。「このこは可愛い顔してるわ〜」と言ってたとえば100匹犬がいるとしたら100匹の犬全てに声をかけてた。「お前さんはよくこんな暑いところで横になって。暑くないの?」とか話し掛けてる。私の動物好きはやっぱり親譲りなんだな。

そして最終的に「こっちの犬はおいでって行っても来ない。愛想がないのね〜・・・もしかして?日本語が分からないとか・・・?」そこで私も初めて気がつく「そうか!」
え〜と、「マリー!マリー!ク スィニ!」(ここにおいで!おいで!)で、いいと思うんだけど、言ってみたら?と教える。「マリー!マリー!」言ってみる。ちょっと、人の顔を見て「何?」って顔をする犬。
「本当だ!いままで日本語で言ってたからなのね?来ないのは!バリの犬は日本語が通じないんだわ!」まるで今まで誰も分からなかったことを発見したかのように感動する母。(少なくともこの3人の中では発見ものだった)


ジェゴクは本当にすばらしい。
実際に聞いてみて確信させた。



落ち着きの無い2人だったけど、
レゴンが始ると見入ってた。

くならぜひとも「レゴンダンス」を見たいと言っていたが、開催スケジュールは明日。なので、私個人的にどうしても聞きたい「ジェゴク」を今日は聴きに行って、明日は「レゴンダンス」と言う日程を組む。
「なんなのか?それは」の質問攻め。口で言うより、実際に見に行って説明した方がわかりやすいと思うので、「まっとにかく見てみたら?」と夜出かける。

はっきり言ってレゴンに比べてジェゴクはあまり人気がないのか?知られていないのか?人もまばら。そっけない山の中腹の集会場のような場所で行われる。
チケットを買うとミネラルウォーター付。嬉しい。

演奏だけなのかと思っていたが踊りもつくんだな。いくつもの太さと長さの違う竹を一度に叩いて作る音楽。音の強弱がよい。
母と叔母には退屈かな?と思っていたが、感動をしたようだ。持参したメモ帳に叔母は「ジェゴク、竹を叩いての演奏」と記していた。「いい物を見せてもらった。すばらしかった」と喜んでいた。よかった。私もとっても良かった


そして次の夜はレゴンダンスだウブド王宮で行われる。さすがにバリ舞踊=レゴンダンスと思われているだけあって1時間前に入場しても人がいっぱいだ。できるだけ母と叔母が見やすい席を確保してあげる。
そこで耳障りな日本語が入ってくる。片手にビールを持って酒に酔った日本人のおじさん。とにかく大きな声で終始ずっとしゃべってる。「俺はレゴン見るのは3回目だ。飽きちゃうよね〜こう3回も見るとさぁ〜 ジャカルタのホテルで、カギがーどうたらこうたら」 うるさいよ。初めて見る人もいるんだからさぁ 隣にいた白人女性もうるささに勘弁か?演技中席を立つ。同じ日本人として謝ります。「ごめんなさい」

「ジェゴク」と「レゴンダンス」の両方を見た叔母と母は満足だ。
叔母は「ジェゴク」を気に入ったようだ。


かわいいなぁ〜
階段に腰掛けてアイスを食べる2人。
ちょっと一休み

ち歩きバッグが重いのよねぇなんでかしら?と母が言い出した。「何入ってんの?荷物検査だぁ見せてみ?」
「ハンカチに・・・財布・・・重いなぁこの財布。財布はいらないよ私が持ってくから(お金は3人でお金を出し合って食事とかに割り当ててたの)、え〜とティッシュにウェット・ティッシュ・・・ん?なにこれ?」
ビニールに入っていたのは「干し芋???」本人曰く、飛行機の中で食べようかと思ってカバンに入れたまま忘れて持ち歩きつづけたようだ。「これ?食べるの?」「置いとくわ〜」あとで食べるつもりらしい。しかし、この干し芋3切れぐらいで重いとは思えないんだけど、そこで見つけたのは携帯電話しかも電源が入ってる。
「ねぇ?これ飛行機の中でもこのまま?」
「違うわよ!ちゃんと電源切ってのったわよ!」
「じゃあ、これなんで今電源入ってるの?」
「なんかあったら使えると思って・・・」
「何かってって海外通話できるの?これ」
「できるのかしら?」
「・・・ここじゃこれは使えないよ。しかも電源入れっぱなしじゃ、電池なくなっちゃうよ」
「あら?」そう横で聞いてた叔母さん・・・ヤバイと思ったらしく自分のカバンもごそごそして取り出したのはジャジャーン!同じく携帯電話。まったく姉妹やること一緒。

大切な物だから分かるけど、ココじゃ使えないのでセキュリティーボックスに入れておきましょう〜と言い出したら、「じゃぁこれも!」「これも!」と壊れてしまって使えないカメラ(叔母さんはこれを持ち歩いていたらしい)、家のカギ、財布を入れだした。
これですっきり軽いカバンだ。


レギャンでも行列がみられました。

残り3日しかないけど、ゆっくりのんびり。母と叔母がエステをやりたいというので、エステなんて無縁な私は2人をまるっきり日本語が通じないエステへ放り込んだ。(これも勉強だ!と子を崖から落とす気持ち??)始るまで服を脱いでとか、のエステの人の指示を通訳して、終わる頃ここに戻るからと叔母と母とエステの人に言い残して店を出た。
少しでもいいから商品を仕入れたい。でもタイムリミットは1時間半だ。せっかく来たのだから。
しかしだ、バリで思うようにことが運んだことがないのはいつものこと。結局2件回って母と叔母の待つエステの店へ急がないと!時間がない!汗だらだらで店に戻ると2人はちょうど着替え終わったところ。
「おっ、肌がつやつやしてるよ」スッキリした2人がいた。「気持ちよくって寝ちゃった〜」喜んでる。
いくらだっけ?5万円が3枚だっけ?(最後まで円といっていた)で、日本円にするといくらなの?ボディーとフェイシャルをして15万Rp。しかし私にはこれが安いのか高いのかは分からない。どうやら叔母さんはオカマちゃんにやってもらったみたいだった。「恥ずかしかった」という言葉だったが、「あのぬぎっぷりはそうとは思えない」と笑った。
雨が降りそうだ!と急いで歩くが振り出す。いきなり洋服屋ヘ突入。そこの店はお店で裁断、縫製」をして直接打っていた。デザインも可愛い洋服屋さん。母はその型紙がほしい自分で作りたいと言い出す。
ちょっと私の頭のインドネシア語辞典には洋裁の「型紙」という言葉が無くて、英語交じりのインドネシア語交じりのお願い。それでもこころよくお店のおねぇさんは型紙をくれると言ってくれた。本当に分かってくれただろうか?「明日までに用意しておくから取りに来てね」と言ってくれた。明日の朝取りにくる約束をして、お店を出ると雨は止んでいた。次の日の朝、約束をした店へ向かうが、雨が降り出して駆け込んだ店。どうしても分からない。
2往復3往復してやっと見つける。「ここだよねここ!」
昨日、ディスプレイに飾ってあったワンピースが無かったので分からなかったようだ。覚えていてくれて用意しておいてくれた。
母は会社を退職して時間はたんまりあるらしい。これで昔のように洋裁をしたいと思ったらしい。人様からオーダーをもらって洋服を作り、お金をもらっていた人なのだ。でもそれは私が小学生までの話。生地はねたくさんあるのよ。作りたいと思って取っておいたのよ。嬉しそうな母をみて私もまたまた嬉しくなる。

叔母さんは勉強熱心だ。初めて目にした植物、興味を持ったものを持ってきた手帖に書き記す。
ただ・・・名前だけを書くので、それはどんな物だったか?というのまでは書いてないので、「これなんだったけ?」という。


最後までお金がわけかわらなかったみたい。

呂で転んで、お尻に蒙古斑のようなアザを作ったと思えば、帰りのングラライの空港の登りエスカレーターからカートに重心を取られたらしく落ちる。周囲にいた人たちに駆け寄られて起される。私が先にエスカレーターに乗ったのも悪かった。しかし、頭を打ったとか、どこか切ったとかも傷はない無い。「転び方が上手い」とは言うけど、気をつけてくれよ。

最終日近くなるとそこらに洗濯物を干し始める。ランドリーサービスお願いするよ?
あと何日かだからいいといって頼まなかった。

最終日前日、ジンバランのイカンバカールで夕食を取りながら食事を食べた。
今の時期はよく夕日が見えないかもしれませんが、ラッキーであれば見ることができる。というホテルの人たち。
さぁ、私たちの旅はどうだったんだろうね?終わりよければ全てよし!


雲は厚くて夕日は見られなかったけど、赤く染まる雲も幻想的で素敵だった。
お互い夕日に染まる顔をみて今までのことを話し始める。
「いろいろお世話になったね。ありがとう」という叔母さん。小さい頃に私はいろいろと叔母さんに世話になった。
「何言ってるの?まだまだ私は叔母さん孝行も親孝行もしてない。これからだからね。また一緒に行こうよ。楽しかった」
叔母さんが言う「叔母さん孝行だなんて・・・」「ほら、子供のときにアヒル(母をちろりと見る。アヒルのキーワードでまた市場のアヒルを思い出したりしないかはっとした)のぬいぐるみを叔母さんに買ってもらったの覚えてる。
あれね最近まで大切に取っておいたんだよ。もしかしたらまだ実家にあると思う」
「あははは、私が覚えてるのは苺の匂いとかブドウのニオイとか付いてるパンツあったよね?あれ覚えてるなぁ」
「あ〜あったあった。買ってもらったよね。2人して大宮の高島屋でパンツのニオイ嗅ぎまくったねぇおかしかった」

とっぷり暮れると、演奏させてくださいとやってきた。私はすかさず「スキヤキ」をリクエスト。
ここで聞く「スキヤキ」が好きだ。又がんばってここへくるぞ!と言う気になる。
3人揃って歌った「上を向いて歩こう」

何時もと違った旅を経験できた。本当にまた一緒に来たいと思った。だってとっても楽しかったんだもの。
母も叔母もこんなに笑う人だっけ?と思ったぐらいいつも笑っていた。
それと同時に2人の行動をみて、「私も何十年後には同じ血が流れているんだ。きっと私もこうなるんだろうなぁ」と
実感した旅行だった。

PS:かっこ良く〆たつもりだが、このジンバランで食事をした後、砂浜で小さな桜色した貝を見つけた2人。
「たくさん落ちてるわ!」といってあちらこちらを掘り出した。他にお客さんがいるのに・・・。
隣のオージー夫婦が「どうしたの?」と声をかけてきた。
「いや・・・実は貝を拾っていまして・・・」「あら?本当に貝がたくさんあるわ!」と言って2〜3個拾った貝を
「彼女達に差し上げてください」と言ってくれた旦那様。ありがとう。
「ほら、あちらの方からプレゼントだよ」と叔母さんに渡すと「どーもどーも」
その頃、母は貝を拾っていたかと思うと、高校野球児のように砂までコンビニ袋にかき入れ始めていた。
「どーすんの?それ?」「きれいだから思い出よ〜貝と一緒にビンにいれて飾るの」ロマンチックであるが、そんなに必要なの?
結局、砂があまりに重くて帰りの4WDの車高の高い車に乗り込めず、
お尻を押して乗せる始末・・・やれやれ。
砂は2人で仲良く分けて持って帰ってきました・・・。
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